おもしろきこともなき世におもしろく

ライトノベル・SF・マンガ・ゲームの感想。それにMtG(モダン・ドラフト)についてちょろちょろと記載。

ホモサピエンス全史(上下)感想

ホモサピエンス全史の上下を読んだのでその感想を。

なぜ、人間はほかの動物と比較してこれだけ繁栄しているのか。
なぜ西洋人は東洋・中東・アメリカ・アフリカに対してこれだけの優位をほこったのか、みたいなことがつらつらと書いてある本です。

マクニールの世界史なんかと違うのはやっぱり最近書かれた本だってことですね。
アフリカやらアメリカやらを西洋人が支配したことの理由に対して、人種的・文化的に優れているから、とか植民地化されて彼らもトータルでは富を得たみたいなことは今更書かれていないのがよかったところです。l

資本主義と帝国主義こそがヨーロッパの人々に世界を支配する力を与えた、という解釈は非常に面白かった。
稼いだ富を投資に回すという考え方や、まだ存在しないものが経済を担保する信用の仕組みこそが素晴らしいといった話は本当に面白かったです。

ヨーロッパの人々による新世界の発展は明日は今日よりも豊になる、ということを信じさせてくれたということが何よりもヨーロッパの人々が繁栄した理由なんだ、というようなことが書かれていて興味深かったです。

難点をいうなら無限の経済成長のその先の世界について、何かちょろっとしたことでも書いてあればもっと面白いとは思ったのですが。

このホモサピエンス全史の理屈でいうなら、今の低迷している世界経済をどうにかするには多分新技術とそれが生み出す富くらいしかよりどころはなさそうですね。

あとは宇宙開発には、大航海時代でいうところの新世界の発見に相当するものがあるかもしれないです。

どうやら人はやはり虚構を扱うことでこれだけ複雑な社会を発展させてきた、という経緯があるようです。
宇宙開発だなんだっていうとそれよりも世界で起きてる紛争が、とか少子高齢化が、とかもっと解決しないといけない問題がたくさんあるよ、といいたくなる人もいるかもしれないです。

でも何よりも、人間社会を駆動させるためには明日は今日よりも豊かになるはずなんだという確信のようです。

老人介護がどんなに上手になっても明日が豊かになる気がしてこない、という問題はあるし、どうにもこうにもそこは難しいところのようです。

社会のスキームというか発展の新しい原動力を見つけ出すことができるまでは、技術と新世界の発見への投資を欠かすことができない、というのがどうもこの世の中の在り方のようですね。

ヒルビリーエレジー 感想

ヒルビリーエレジーを読了したので感想を。

ホワイトトラッシュという言葉を使うと良識を疑われるかもしれないが、現代アメリカ最大の負け組であるところの人たちが置かれている環境についての本である。

白人層の一番負け組の人たちの話なんだが、びっくりすることに、ヒスパニックよりも黒人よりも悲観的な白人たちがいる、というような話である。
彼らは自分たちの生活が糞なのは、政府のせいで、ちゃんとした仕事があればいい生活ができるはずだ、と信じているのだが、文化資本が足りなすぎて仕事があるだけでは人生が好転することもないような状況に陥っているような人たちの話である。

いまだと、ヒルビリーエレジーにでてくるそんなヒルビリーたちがまさしくトランプ大統領を支持する白人層である、というようなこともあり、非情に売れている本なようだ。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち


なかなか衝撃的な本である一方で、まぁ、知ってたというようなことがつらつらと書いてある本でもあった。
いるよね、こういう人。多分日本にもいるよ、俺は直接あったことがないけど、というような人たちがたくさん出てくる。

崩壊した家庭で学習する習慣も仕事をすることは偉いことだ、という価値観も、もっというと人と接する正しい態度も何もかも学んでこなかった人間が当然のように落ちぶれているのがヒルビリーだ、という辛い話。

その一方で今落ちぶれている連中もそもそもまともな物を与えられてないんだから、ちゃんとセルフヘルプを学ぶことができるような状況じゃなくて、全部その人達の自己責任でもないんだよ、というのもよく分かる。

その一方でじゃあ自己責任じゃないなら誰の責任何だ、誰が助けてやれるんだ、という方向になるとそれもまた不明で、、、というような感じ。

自分たちは悪くないんや(それは事実でもあり、責任転嫁でもある)みたいな人たちがトランプ大統領を支持してるってのがホントのことならまぁ世界って嫌な作りだな、とは思います。

だってヒルビリーエレジーにでてくるヒルビリーたちは絶対トランプ政権で得する人たちじゃないもんね、ということも本を読んでいると嫌でも思わされてしまう。

そもそも辛すぎる生活に置かれているヒルビリーの人たちはまともに者を考える脳みそがない、というか人生を直視する能力がないところまで追い詰められている。
だから間違った認識のもとに間違った人を選挙で選んでしまうということになる。

一方で自分たちが賢い人から見下されている、ということは感じ取っているヒルビリーの人たちはお前らトランプ選んでばかやなーみたいなこといわれても政治家は嘘つき、エリートは俺たちを騙すくらいの反応しか帰ってこないんだよねぇ、というなんとも辛い気分になる本でした。

一回文化資本が崩壊してしまった人たちの生活を立て直すにはどうしたらいいのか。っていうクッソ思い嫌な気持ちになる話を突きつけてくる本でした。

ちなみに作者自身もヒルビリーの家庭に生まれて母親はクソ野郎、父親は母親がそうそうに離婚しているからほとんど人生に登場しないみたいな感じ。
ただ祖母が勉強すれば立派な人間に、作者もなれるっていってくれるヒルビリーには珍しいタイプの人間だったことと、海軍のブートキャンプに参加して学習性無力感の罠から自由になれたことでなんとか成功したようです。

BLAME!、アニメ映画 感想

BLAME!がアニメになるというハチャメチャな時代が着ました。
弐瓶勉のデビュー作にして傑作ではあるものの、とっつきにくさは尋常ではない作品でした。
セリフがない、カメラアングルがゴリゴリ変わるせいで何が画面でおきているかわからない、作品内世界観の説明がほぼない、というかなりハードな作品。
作者はわからない絵を見て読者が想像をふくらませるほうがSFとして上等なのだ、というようなことを画集かなんかで語っていました。
※画集がでており、インタビューが乗っています。

弐瓶勉画集 BLAME!and so on

弐瓶勉画集 BLAME!and so on

作中では説明がないのと、絵の中で何がおきているかがわからないがゆえに混乱してしまいますが、話の筋、プロットとしては非情にかんたんな話です。

遠い未来、人類は謎の構造物を作りそのなかで暮らしていました。そしてインターネットの超発展版とでも言える、ネットスフィアとやらをつかって様々な技術を享受していきていたのですが、ある時を堺にそのネットに接続する技術を失ってしまいます。
ネットに接続するための能力を何故か遺伝的に埋め込んでいたもので、謎の「感染」によって遺伝子汚染が発生して能力を失ってしまうんですね。

そうすると、ネットに接続できないが構造物に住んでいる人間を、構造物を守るロボット警察みたいなのが片っ端から排除してしようとする謎のディストピア都市が誕生しました。
しかも構造物自体も、ネットに接続して構造物を作るためのロボットを制御する人間が消滅したがゆえに滅茶苦茶な形に変形させられてしまい、もう構造物の中に住んでいる人間も自分がどこに住んでいて、ネット遺伝子が何でみたいなことも全部忘れてしまうんですね。

そういった世の中になって、人間がかつての文明を忘れ果てたくらいの時間が立った頃が物語の舞台です。
霧亥という主人公がネット端末遺伝子=ネットに接続するための遺伝子を持っている人間を探し、構造物の正常化を図り、また人間が構造物を支配して生きていけるようにしようと旅を続けるというのがの核部分です。

でもこのことはびっくりするくらい明示的には語られず、登場人物たちの会話から推測するしかないんですね。
そして登場人物たちのバックグラウンドはほぼ不明です。

主人公の霧亥に至っては最初から最後までバックボーンが語られることはなく、ただひたすらにネット端末遺伝子を探して大暴れするだけの台風みたいな存在です。

ちなみに、ネタバレになるので最終回については自分で読んでほしいんですけど、特に最終回についても説明がない、というか理解ができない内容になっています。

だらだらと書きなぐりましたけど、つまりはこういうことで、何が画面でおきてるかもわからないし、設定の説明も作中であんまりないから読んでいる中で推測していくしかないし、で限られた時間で物語を楽めないといけないアニメ映画には全くむいてない素材なんです。

それでも、映画を見に行ったのは弐瓶勉自身が総監修をしているという事実と、面白くてもつまらなくても見に行かないわけにはいかないという謎の義務感からでした。

実際に映画を見に行った後の感想

BLAMEがエンタメになっている、という点でまずは非情に感動を受けました。
だらだらと上で書いたように結局BLAME!って画面で何やってるかもわからなければ、設定も第一話の読み始めとかは本当に全くわからない。
それを曲がりなりにも盛り上げる場面を作り、無理くりな視点変更をやめ、と綺麗に映像化しているところには感動しました。

また、ストーリーがあるようなないような話だったのを、弐瓶勉が積極的に関わっていって大きく作り直しているという点も評価できると思いました。

設定も結構変更されていて、シボの扱いなんかはちょとギャグっぽい描写もあったりして笑えるくらい変更されてましたね。

重力子放射線射出装置の描写とか、みたいシーンはそれでいてきっちりキメているところも個人的には評価が高いところでした。

やっぱり全体を通して言えることは原作者が積極的に前にでて、映画になっても通じるようにストーリーを書き直している点が大きいですね。
まぁ、弐瓶勉も丸くなったんだな、といってしまえばそれまでなんですが、映画はやはり短い時間で魅せる必要があるため、どうしてもこういう変更は欠かせないんでしょうね。

最近はSF映画ってちょっと個人的には不発が多かったので、ガッツリ楽しめるSF作品が映画化されたということでも嬉しかったです。

ちなみにわりとどうでもいいですが、入場特典はシボでした。
サナカンのほうが嬉しかったかも。。。

シューツリーのすすめ

お高めの革靴を買いに行った話は何回か書きました。
kadath.hatenablog.com
kadath.hatenablog.com
kadath.hatenablog.com

やはり高い靴を買ったらお手入れが重要になるもの。
どんなにいいものでも適当に扱えばすぐに痛みます。

そこで靴の手入れをする上でこれだけはやっておけ!というものとしてシューツリーを紹介します。
シューツリーってのは足の形をした主に木製のブツで、靴を保管しておくと気に突っ込んでおくものです。
シューツリーを利用するメリットとしては
・シューツリーによって伸ばされることで皺がきれいになる
・靴が反り返るのを防いでくれる
・ちゃんとした木製なら靴の中の水分を吸収してくれる

といったところにあります。

靴は革製品なので湿気がこもると痛みますし匂いもつきます。
だから毎日同じ靴を履くのではなく交代で靴を利用することが重要になるのですが、その際ただ靴を放置しておくのではなくてシューツリーを利用することで上記のようなメリットを得ることができるんですね。

なお、シューツリー自体は高級なメーカーだとそのモデル専用のシューツリーやらメーカー専用のシューツリーやらが打ってますが、以下のリンクのようにAmazonなんかで手頃価格で打ってたりもするので要ご相談です。

靴のなかに突っ込むのでサイズが合わない物を使うとかえって革靴が痛む可能性もあるのでお財布に余裕があるなら買った店で、公式のものを買って使うのが1番なのは間違いないです。

実写版攻殻機動隊/ゴースト・イン・ザ・シェルの感想

ネタバレはありありの感想になりますので、よろしくお願いします。

ルパート・サンダース版のゴースト・イン・ザ・シェル。
スノーホワイトの監督らしいですが、この人は結構北野武ファンらしいですね。だから謎の荒巻=たけしとい配役のようです。


ホワイトウォッシュだ!と公表前から騒わがれており、今ひとつスッキリしないスタートを切った本作ですが、意外とキャスティングは腐ってなかったと思います。
スカーレット・ヨハンソンも、ビートたけしも許容範囲内です。
各俳優さんの演技は悪くなかったのではないでしょうか。

ただ、なぜ少佐の義体スカーレット・ヨハンソンなのか?とかそこまで考え始めると、ディテールを詰める努力がなにもなされていないというところで嫌ですがね。

ディテールが全体煮詰めきれてなくて糞

少佐が少佐ではない。。。

原作攻殻機動隊では草薙素子はまずは軍属の人間として登場します。
草薙素子は暗殺ミッションで荒巻と現場がバッティングするところ、で荒巻及び読者に認知されます。
その後幾度か仕事上でバッティグするように思われる描写が入った後、荒巻が「攻殻機動隊」、まぁ公安9課を設立するために
草薙素子たちをヘッドハンティングするシーンにつながり導入となります。

まぁ何がいいたいかというと、少佐はもともと軍人で少佐だったから「少佐」なわけなんですが、どうも実写版攻殻機動隊だとそこら辺の設定が一切ないんですよね。。。
少佐は、テロで肉体と記憶を失った世界で唯一の脳みそ以外の全身が義体のサイボーグって設定なんですけど、自分のことを少佐と名乗ってます。

全くもってなんで少佐なのかがわからないんですよねー。
少佐を全身義体に改造したのはハンカロボティクスという企業で、政府との関わりが深い設定ではあるものの、それだけ。
公安9課は名前の通り、公安なので少佐と言うのはおかしい。

そういうディテールを詰められてないところが非情に多いのは、作品としてちょっと辛いです。

普通になんとなくの実写化でそこら辺の設定は詰めてないんだろうな、って目をつむるには士郎正宗原作は、世界観を詰めることに熱心すぎましたからね。。。

全体手に素人っぽいアクションシーン

原作では暗殺される大臣のSPは壁に隠れながら銃撃できるような、スーツケース型銃器を使っていたりしていたが、
実写版高額機動隊ではそういう考慮は何もない。
スーツケースから普通の銃を取り出してスーツケースを現場に投げ出す、物陰に隠れるどころかしゃがみもせずに棒立ちで銃撃戦をするなどなど枚挙にいとまがない。
そんなんだからアウトレイジから抜け出してきた、リボルバーを使っているビートたけしに戦闘用っぽいアンドロイドが何もできずに負けるんだよ。。。

ビートたけしの演技自体は「アウトレイジ何だ、とでも思えば」悪くはないが。

まー、とにかく細部が詰めきれていないにもほどがあるしその細部のいい加減なところにしても「原作をパクれば」それだけで多少はカバー可能な範囲にあるようなミスが多いので非情に
萎える作品群だったといわざるをえないですねぇ。

絵面は映像作品のまんま実写化

これは単なるネガティブなポイントではなく、今までのアニメ映画もその傾向がありましたが、結局原作の特徴的な設定や絵面を、実写化しているだけ、とも言えるんですよね。

多作品からのオマージュと気づいた絵づらについて

高層ビルへのダイナミックエントリー

映画冒頭で、高層ビルのマドから侵入し、光学迷彩で消えるシーンは、原作にあり、映像作品で繰り返し使われているシーン。
実写版では、暗殺のための突入ではなく、事件発生現場への急行だったため、ガラスを破った窓から脱出するのではなく、建物の中に「なぜか」光学迷彩を使って消えていくのでシュールだった。。。

顔がパカりと相手顔の下の機会が露出するアンドロイド

芸者アンドロイドの顔がぱかりとあいて、人を襲うシーンがあるが、これはイノセンスのロボットも同じである。

トーが餌を上げてる犬

原作のバトーは犬を飼っていないが、イノセンスでは犬を飼っており、その犬と見た目が一緒。

少佐の義体をメンテしているハンカロボティクスの技術者おばさん

このおばさんはタバコを吸うシーンがある。
このタバコを吸うおばさんは押井守攻殻機動隊2のイノセンスででてくる、暴走するアンドロイドを作った会社の技術者おばさんである。

ニセの記憶を植え付けられるゴミ掃除の人

ニセ記憶を植え付けられたゴミ掃除のおっさんがでてくるがこれは原作、押井守GHOST IN THE SHELL双方にでてくる。
ちなみに、植え付けられた記憶を消すことが不可能なのは原作、押井守版、実写版全部共通である。
原作のゴミ掃除の人はかなり楽観的で、偽記憶=離婚した、という悩みはもう消えたからいいの!とゴミ掃除の同僚に語っている。
押井守版では記憶を消せないことに関して、すごい悲観的な雰囲気で描かれておりもう自殺したそうな感じだった。
そして、実写版では全身を拘束されて、尋問及び偽の記憶について問い詰められたのち、「全身拘束された状態」で自殺する。

この描写はわりとひどくて、犯罪捜査のプロに全身拘束されて囚人監視のもと、「その場でジャンプして」着地に失敗することで首輪を利用して自殺するのである。
ココらへんもリアリティのかけらもないな~、と思ってしまう。
そもそもかなり辛く尋問されてゴミ掃除の人であるが、完全に犯罪被害者であって、原作では結構優しくフォローサれている人なのさー。

ココらへんも完全に雰囲気重視だね。
強いていうならニセの記憶を植え付けられたことが原因であっても犯罪行為を行った人間だから死んでも構わないし、そのまま闇に葬るつもりだったから構わない、ということだろうか。
それはあまりにも横暴な組織ではないか、と思ってしまうが。

終盤の多脚戦車

戦車と少佐が戦うシーンは原作でもあり、その際にはバトーが重火器を持って駆けつけて助けられている。
押井守映画版GHOST IN THE SHELLでも少佐は多脚戦車と戦い、その際にはバトーから助けられている。
押井守版では、少佐が多脚戦車の頭に当たる部分に飛び乗り、多脚戦車を破壊しようとするが義体を酷使しすぎて、義体が自壊する描写があった。
ちなみに、自壊するまで頑張るわけだけど、多脚戦車の破壊に失敗し、バトーに助けられる。
実写映画版では終盤で多脚戦車と戦い、少佐の義体が自壊する点は一緒だが、自力で多脚戦車の頭部パーツを引っこ抜いて破壊してしまう。。。
ここは違いだが、攻殻機動隊って現実は非情である、彼らはプロである、根性論では問題は解決しない、という世界観と反しているようでキライだ。

トーリー面について

まず少佐の名前が草薙素子ではない点が非常にびっくりした。
が、これには裏があって少佐は記憶を喪失しており、当座で名乗っている名前はあくまで別名である、という設定だ。
ネタバレを構わずに書いてしまうと、少佐の本当の名前は「草薙素子」であり、軍人でもなんでもなく、反政府活動をしている野蛮な若者だったのだ。
反政府テロリストもどきなので、ハンカロボティクスの全身義体実験の実験台にされてしまったのである。
これほんとにひどい改変で、少佐がそもそも全身義体であるっていうところだけ共通で、経験面で言えば何もプロでもなんでもないのである。
「エスパーよりも貴重な才能」をもったプロが少佐である、という原作の設定との乖離部分でいうとホントにひどい。

というか、世界で唯一の全身義体である、という設定はあってもそれが公安9課の活動に於いて、素人であるという問題を帳消しにできるほどのメリットになるはずがないので、なんか世界観の崩壊もいいところで非情に嫌だった。
でも、テロで家族を失った若い女性が全身義体になってテロと戦う(もともとは素人だったが急速に成長する)くらいの設定はハリウッド映画の設定としてはありきたりで目くじらを立てるほどのものでもない、ということなんだろうか。

原作では義体は自由に取り替えが聞く=技術的な限界はあるが肉体の限界をすでに人間は超えているという設定で、「わたしのゴーストが囁くのよ」というセリフからも分かる通り、電脳化された脳髄に宿る魂みたいなもの、ゴーストみたいなものをテーマにしていたのに実写版では逆に物質主義、というか義体のほうがクローズアップされていて非情に面白くなかったのである。

こういうところは、イノセンスみたいにいかないのは原作や押井守のテーマはどうしてみたところでエンタメとして大衆受けさせることを考える作品ではないから仕方ないのだと思う。
そもそも映画化ならハリウッドで、というのもどうなんだろうね。
制作費を使いすぎるので全世界に向けて、エンタメとしてウケる内容にしないと元取れないってのは作品作りとして良くないと思うよ。
ブレードランナーとか、どうしても近未来SFは比較するには名作すぎる作品があるけど、そこまで予算がない代わりによく考えて作られている映画が先例としてあるのにね。

智慧を使ってここまでできた、と金を使えばここまでできるが融合した作品になればよかったのにねぇ、監督・脚本の力不足著しいと思わざるを得ませんでした。

最後に原作シリーズの紹介

最後に原作シリーズの紹介で、いま簡単に手に入るものを紹介したいと思います。

原作第一巻、ネタバレも気にせず書いちゃうと、人形遣いと融合するところまでが第1巻です。

続いて第二巻。
第二巻は草薙素子人形遣いと融合。また自分自身の変種をネットの海にばらまいた未来の話です。
草薙素子同士が闘う未来と、ケイ素生命体という情報生命体となった草薙素子ともまた違う人類の可能性についての話です。

1.5というナンバリングから分かる通り話としては1巻と2巻の間です。
成長したトグサや、クロマと名乗る、人形遣いと合体した草薙素子がでてきます。
まぁ、話としては草薙素子がいなくなっても9課は存続しているよ、という話です。

本当の意味での原作はこの3巻だけですね。士郎正宗は本人も自虐的に語ることがありますが、遅筆なのでこんなものです。
また、映像作品と原作を切り離して考える人なので、あまりアニメ化映画化の際に監修などをしていないみたいです。

アニメ版

押井守版・GHOST IN THE SHELL

有名な押井守版ですね。これのおかげでカルト作品からメジャー作品へと化けた感じがする。
少佐のキャラクターは以降、この押井守版のクールな感じになってます。
原作の草薙素子はほとんど80年台のキャラクターだから、なんか妙に天真爛漫さがあるんですよね。リナ=インバースとか流行った時代です、そんな感じです。

イノセンス

攻殻機動隊 DVD BOOK by押井守 イノセンス (講談社キャラクターズA)

攻殻機動隊 DVD BOOK by押井守 イノセンス (講談社キャラクターズA)

イノセンス スタンダード版 [DVD]

イノセンス スタンダード版 [DVD]

これは原作2巻に当たる部分っちゃ部分になるのですがそれを独自解釈したような話です。
草薙素子同位体=変種はでてこないけど、、人形遣いと融合した草薙素子がでてくる。
ただ、このあたりからバトーがなんか草薙素子に恋するこじらせ男子になってるのがちょっと残念だったりします。

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(S.A.C)

アニメ版第一作。笑い男編を扱っており、テレビアニメオリジナルストーリーなのだが原作の硬派なところを引き継いてでおり素晴らしい。
ただ、少佐のキャラ付けは押井守版を引き継いでおり、少佐がクールすぎて可愛くない。。。
以降この傾向は続くのである意味重要。

笑い男編はなかなかおもしろいのでぜひ見てほしい。

攻殻機動隊 2nd G.I.G

個別の11人編を扱う。
トーリーの出来はシリーズNo.1かもしれないと思うのだが少佐の服装がなぜか謎のハイレグ固定なのがきしょい。
クールなキャラ付けは維持しつつ硬派にハイレグで不協和音を起こしてるのが厳しいところがある。

Arise

まだ見ている最中なので大したことが言えないが、少佐の設定もかなり違うし、漫画はもはや士郎正宗が描いてない。
アニメ、漫画ともに1巻だけみたが絵面をかっこよくしようとして、リアリティが犠牲になりがちなのが原作との違いか?

妖怪ハンター 1巻の感想

暗黒神話体系やら西遊記ものやらで有名な諸星大二郎のこれまた有名作品。

オカルトホラーものですが、日本古来のネタをふんだんに使っているところが特徴でしょうか。

1巻には一部で有名な、邪神海はつながっとるけん(安徳天皇)が出てきます。

kindleで読めるので、まだ読んだことがない人には是非読んでもらいたいです。

ゴールデンカムイ10巻 感想

ゴールデンカムイの10巻のKindle配信が始まったので、読みました。

白石が脱走する巻。
白石、杉本にビビりすぎていて、鶴見中尉に捕まったママを自分で選んでしまう、という厳しい状況ですが、身を呈して白石を守ろうとする杉本にほだされて帰還。

杉本のキャラはなんとも言えないですね。
他の囚人たちや金塊狙いの兵隊さんほど、とりあえず殺してしまえ、思考はないものの杉本基準の殺すやつになった途端にすごい勢いで殺しに来る。
白石でなくとも裏切ったら殺される夢を見ちゃいそうです。


アイヌネタで面白かったのは木の皮を剥いで船を作るところでしょうか。

あんなので急流渡りできる船ができるのかよ、とアイヌの智慧にびっくり。

巻末にたくさんアイヌ語なんかの参考文献が乗っていますが、週刊連載なのにきちんと文献にあたって調べているあたりがゴールデンカムイのいいところかもしれないですね。

ちょっと明治変態列伝になっていて、登場人物の癖が強くてキライな人は嫌いそう、という問題がありますが。
ある程度好みがわかっている人でもないと、勧めづらい類の漫画になっちゃっってます。