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おもしろきこともなき世におもしろく

ライトノベル・SF・マンガ・ゲームの感想。それにMtG(モダン・ドラフト)についてちょろちょろと記載。

相州戦神館学園 万仙陣 感想

正田崇 ゲーム 相州戦神館学園 万仙陣

相州戦神館学園 万仙陣も無事クリア。なんとかCG100%、回想シーンも全部埋めて全部クリアできました。
なので、簡単に感想記事を書いておきます。ちなみにネタバレありありなので、そこはご承知の上でお願いします。



プレイ時間は約15時間

今回は前作のようにサブヒロインを全部クリアしたら、グランドルート開放ということではなくルートは1本で、選択肢によってヒロインごとのシーンが差し込まれる方式です。

万仙陣は八命陣のFD(ファンディスク)

次回作というよりも実質は鉢命陣のファンディスク。メインヒロインが2人追加されてます。
石神静乃と緋衣南天。そして、八命陣では不遇だった信明くんがフィーチャーされてて、今度は幸せになれます。

ざっくりとした感想

八命陣の100年後ということで、柊四四八たちの子孫が主人公。
いくら、子孫が主人公といっても生まれ変わりで、記憶があるとでもいうのでもなければそのまま同じ人間になるのはあまりにも不自然だ、と思いながら最初はプレイしてた。
しかし、物語の黒幕、ラスボスとその能力が明らかになり裏の設定が明らかになると、子孫たちがあまりにも親世代、八命陣の四四八たちとそっくりだった理由が明らかになる。

たしかにいくら子孫だからといって親世代の柊四四八たちと同一視していいことにはならない。

100年前の甘粕事件の夢をみて、みんなが現代の柊四四八たちと前作の柊四四八を同一視していくことになる。
そして、それに苛立つ主人公たち。そして甘粕事件の夢をみた人たちは、現在と過去の柊四四八を同一視するだけではなく、甘粕事件に登場する他の人物に、無責任にもっとこんな展開もみたいという欲求を押し付け、タタリを生み出していく。

正田崇がライターとして生み出してきた作品、DiesIrae、神咒神威神楽相州戦神館学園、どれも手に汗握る戦闘シーン、魅力的なキャラクターが豊富だ。そしてファンはいつも、もっとこういう展開になっていたら、とか、あいつがこいつに勝利してたらとか言いたい放題だった。

キーラが我堂鈴子に勝てていたら、急段であっさり負けすぎでしょとかそういうやつ。
それに対する答えでありながら、そういった思いを簡単に押し付けることが原典に対する冒涜にあたるということを作品のメッセージとして届けていく。

説教臭くてメッセージ性にあふれていて、それでいながら過度に鼻につかないというのは非常に素敵だ。

緋衣南天大勝利

三代目逆十字こと、緋衣南天ちゃん。
信明くんの彼女にしてすごい悪女。ゲスヒロインがステキで、魅力的で、そして救われてあれとなるのは、正田崇の魅力だ。
徹頭徹尾、信明くんのことを利用して、セージから引き継いだ死病を治すためだけに行動していたのに、闇堕ちしないときの信明くんの愛の重さに天国とかいてじごくとよむに落とされてしまうさまはある種のお約束めいていて、ステキだった。
緋衣南天もセージも自分を貫き通して、自分の流儀に準ずることはできなかったが、それゆえに自分の流儀を貫き通して死ぬよりもより大きな幸福にたどり着くことができたのだった。

信明くんは前作で姉貴の世良水希に告白して「女の子はね、強い男がすきなんだよ」と謂われ、生まれときから病弱であるがゆえに叶う願いと知り、腹切りをした男である。
そのハラキリ男が今度は、逆に愛ゆえに地獄に堕ちるが定めの緋衣南天を救う。
どちらにせよ信明くんの愛は重いのだね。
緋衣南天が自分を必要としてくれるのなら、それがほんとうの愛だろうと利用されているのだろうと構わない、緋衣南天を守ることだけが自分の真だからと言い切るそのさま、まるでヤンデレのごとし、だ。
ちなみに緋衣南天は物理的には、病気にかかっているからヤンデレだけど、精神的にはツンデレで、ヤンデレは信明くんの属性だと思う。
自分が信明くんを愛していることを認めることが出来ずに敗北するあたり、ほんとうにね。
そして敗北がゆえに、歴代逆十字を総てを超える大勝利を得ることができたのだから、まさに緋衣南天大勝利、というオチである。しかも勝利手段は信明くんだ!

逆十字の皮肉さ

緋衣南天は、信明くんにたいして負けたからこそ、歴代の逆十字の誰もが成し遂げなかったことを成し遂げ、3代目にして逆十字の本懐を遂げた。
緋衣南天は緋衣南天であるからこその至高。であれば病を治す方法は盧生になることではない。盧生を利用することで、健康を手に入れられるならそれで結構。
極論、新薬ができたり注射で治るならそれでよいのだ、というメンタルの持ち主だった。
だからこそ、信明くんを持ち上げて切り捨てた。でもその切り捨てた信明くんにこそ救われた。
自らを至高とし、それゆえに屑よ塵よと蔑んだ人間に救われるのだから皮肉だ。

セージにも同じことが言える。
セージは与えられることを拒否した。自分よりも高みに誰かがいることを徹底して拒否した。がゆえに、甘粕の眷属であることに甘んじることができなかった。そして、四四八を恵理子に産ませることによって、みずからが盧生になる道を切り拓こうとした。
逆十字の宿業として与えられることを拒み、他人からの施しを拒否し、自らのちからで奪い取らないと気がすまないのだね。
与えられることを拒否するがゆえに欲しくて欲しくて仕方がなかった病からの自由を失ってしまうのは、逆十字の皮肉だ。

その皮肉さは、物語の構造上にも及んでいて、セージを救ったのも、緋衣南天を救ったのも逆十字を救うものはすべからず愛情だった。
相州戦神館学園 八命陣では、セージは恵理子さんと剛蔵さんの愛に負けて、最後は安らぎのなかで逝った。それは神野明影の企みだったわけだけど、神野明影は万仙陣での神野明影の台詞からも明らかなように、セージを愛していた。神野明影を呼びだしたのは、信明くんの絶望だったわけだから、神野明影の愛に救われたセージはあるいみでは、信明くんの愛に救われたとでもいえると思う。
緋衣南天に逆十字を忘れさせたのは信明くんだった。そして、その気持ちも間違わず愛だった。どこまでも甘い愛。悪行をなした緋衣南天を受け入れるだけでなく、その悪行の尻拭いまでをした。緋衣南天の悪行をチャラにして、被害者を信明くんひとりにして、世界から許されるようにとりはからいまでもしたのだ。

NeverEndingTruthは、果たして夢か現実か

実は、石神静乃が見ていた世界は総て夢だった。石神静乃が臨んだ世界の投影だった。
四四八たちは、100年前の四四八たちを核とした幻に過ぎず其の本質はタタリだった。
石神静乃は物語の最後にそのことに気づいてしまう。そして第四の盧生、黄錦龍を倒したあとには夢は幻ときえ、石神静乃が夢見た四四八たちは、100年前の四四八たちの子孫に立ち返る。

でも、希望は残されていて、実際に石神静乃が夢見た四四八の子孫たちとの生活と実際四四八の子孫たちとの生活はどの程度違うかもわからない。
ひょっとしたら間違え探し程度の違いしか、石神静乃の夢と現実との間には違いがないのかもしれない。
だから間違え探しをしにいこう、というところで物語はおわる。
いままでは夢を見ていたのは事実だけど、こんどは現実と夢がどれだけ異なるものかを確認しようというわけだ。

そこで気になるのはグランドルートというか隠しルートとしてのNeverEndingTruthがなんなのか、ということだ。
万仙陣最大の謎は、このNever Ending Truthが夢なのか、現実なのかだ。
石神静乃が妄想にふける回想シーンをみること、あるいはペガサスメダルをすべて集め、ライブイベントをみることがキーとなってNeverEndingTruthというイベントが開放される。

このイベントでは、周回クリアしたヒロインとのその後を見ることが出来る。

夢だと思われる理由はいくらでもある。石神静乃の妄想シーンを見ることで開放されるということや、夢は叶い続ければ叶うというライブイベントを見ることで開放されることは、NeverEndingTruht自体が夢であることを示唆している。

一方で、病弱ではあるものの緋衣南天の病気がなおっていることは、NeverEndingTruthが現実の一コマなのでは、という可能性もあわせて示唆する。

夢だと思うのならば夢、現実と思うのならば現実。
お前のなかではな、ということなのかしら。

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