おもしろきこともなき世におもしろく

ライトノベル・SF・マンガ・ゲームの感想。それにMtG(モダン・ドラフト)についてちょろちょろと記載。

先延ばしをなんとかしたい

先延ばし癖があり、どうやったら解決できるかを知りたい。
いろんなことをダラダラやってしまう。やらないと、と思ってることができない。

例えば今自分は私生活でも
歯医者サボってる
iPhone買い替え時の下取り出すのサボってる
etc...

とパッと思い浮かぶだけでもなんとなく先送りにしてるタスクがいくつも出てきてしまっている。

発達障害芸人みたいなのが出てきてるから発達障害傾向について思いをはせることが増え(正確にはインターネットはいえ、発達障害であることをオープンにしてある程度面白い人がいることに勇気付けられた)、自分の発達障害傾向と向き合おうかなー、という気になってきて、なんとなくブログ書くかと思ったらこんなタイトルがポロリと心が漏れてきた。

自分を分析してみると、いくつかの点から激しくADHDの傾向があるわけです。

上述したが先延ばし癖。
本当に大事な書類が提出日当日までだせない。
具体的には、大学の入学試験の願書とか。
親に助けてもらってなかったら死んでたよ、ほと。

あと、注意力が散漫だったり、過集中してしまったり、興味ないことが何もできなかったり。

特に会社で仕事をしていて苦しんでいるのは謎の先延ばし癖で、ちょっとした依頼を人に出せずにいつまでもグズグズしてしまったりする。


あと、計画が立てられないし、計画を守れないし、いろんなことの整理ができない。

仕事が雑だってよく言われてたりもする。
そういう諸々の点がなかなかに厳しい。

27年生きてきてこういうことに苦しむわけです。いやぁ、もう会社行くの嫌になっちゃうよ、本当に。

文章を書けるようなりたく

文章を書けるようになりたいので、ブログを書いてる。
あるいは承認欲求が欲しく、ブログを書いてる。

なんでもよいがブログを書いている。

メンヘラの戯言でもブログを書いている。

ブログを書くのはTwitterよりも大変だ。
これは間違いないと思う。

自分みたいなクズでもTwitterだとそこそこプレゼンスを発揮できたが、ブログでは絶対無理。

ブログの方がTwitterよりも継続して効果を発揮するストック的な価値が求められるし、なんとなくアクセスしてなんとなく時間を浪費するTwitterよりも、ブログを読むことの方が目的がはっきりしているため難しい。

円環少女の感想

円環少女がやたらと安い感じだったので、仕事に忙しい日々の慰めに購入しました。
Kindleで全巻500円だったのですので、なんかしらんが購入しました。

3巻、4巻くらいまで読んだ感想としては世界観設定は抜群で、ただ作者の実力がまだ描写とか諸々に追いついてないって感じでした。

8巻くらいまで読んできた感想としては、かなり筆がこなれてきたのか、面白くなってきてます。
よく考えてみると、8巻にもなると3年くらい同じ長期作品を書き続けているわけで、うまくなってくるかもしれないってやつですね。

最初のほうはそうでもなかったんですけど、途中から学生運動をこじらせたテロリストがでてきたりと作者のバックボーンがちょっと気になる感じ。
主人公代わりと何もできない感じなのが、ライトノベルにしてはちょっと古い感じなの仮名、とは思った。

いうて、2005年スタートで2011年完結の作品なのでちょっと2017年に読むには古い感じは実際ある。
そこまで読まないから偏見も多いが小説家になろうに多い、なろう系小説とはまた芸風が違うと思う。

13巻ラストまで読みました。

13巻ラストまで読んだ感想としては、悪くはないがよくもない。佳作といったものです。
13巻もやらないでせいぜい4,5巻の内容でラストがこれなら傑作まで行けたかもしれない内容でしたが、13巻やってこのラストはちょっとだるいくらいの感じ。

サウナで瞑想したらめっちゃ効果ありそうみたいな話

サウナで瞑想をしたらすごい効果ありそうと思っている。
サウナも好きなので行くのですが、なんか仕事のことが頭のなかでモヤモヤしてしまう。

だから瞑想を極めて、無を取得したい。
瞑想をある程度マスターすることで、考えたくないことを考えないことができるようになるのではないか、と思っている。
だから瞑想を学び、サウナへゆき脳みそをすっきりさせたい。

仕事のことを考えるのは仕事のパフォーマンスを上げる上で重要だと思う。
職場でしか仕事のことを考えないというのではなくて、休みの日とかも軽く仕事のことを考えて、美味いこと結果に繋げられれば良い。

でも、今の自分の場合は、仕事のことを考えるというのでも、仕事をどうやったらうまくできるかということを考えるのではなくて、
仕事がどうしてこうなってしまったのか、辛いみたいなのばっかり考えている。
だからいっそのこと、仕事のことを考えないことにする時間には考えないということができればいいと思う。

下手な考え、休むに似たりというのだが、成果がでないという点では休むに似たりなのだが実際に休めば浸かればが取れる。
しかし下手な考えでは疲労が取れないこれは滅茶苦茶多きな違いになる。

だから、俺は瞑想を身に着けてスッキリと休み、頭が良くなって必要なトキに必要な集中力を発揮できるようになりたい。

ブログを書いて月に1万PV出るやつはエリートブロガーである件

月1万PVを稼げる人間って結構エリートなんではないかと思う。

このブログの月あたりのPVって6000~10000を行ったり来たりするブログなんですよ。

ブログの中身としては、ほとんど本の感想しか書いてない。
PVが多いのはそれなりにマニアックな漫画/ライトノベルが多い。
漫画とライトノベルでもPVが稼げたのは、「バイオーグトリニティ」「のりりん」「オーバーロード」「東京レイヴンズ」くらい。

バイオーグトリニティと東京レイヴンズが自分のブログでは比較的あたりコンテンツでこいつらの感想記事は普通に1万PVを超えてくる。
どちらもファンの年齢層が高いからか、インターネットで感想をググる習慣が残っているファンが多いと思っている。

多分なんだけど、最近のキッズ、別にぐーぐるで読んだ本の感想探さないでしょ?
もしこの記事を高校生くらいまでのキッズが読んでいたらどうしているか教えてほしい。

ライトノベルって俺のイメージでは若い子たちは作家で買うのではなくて書店で平積みになっているもの/アニメになっているものを買い、学校の友達と意見を交わし、
あとはTwitterくらいで感想を交換するのがせいぜいって印象がある。
Twitterで感想を交換するってのもなんか昔のオタクが好きだった考察系よりも○○ファンとつながりたい系、あとはこのキャラはこんなことしてそう!みたいな妄想漫画系だと思う。

俺も妄想漫画系の行為は結構好きなんだけど、他人が書いたそういうFGOのエミヤはおかんっぽい!きっとカルデアではこんな感じ!みたいなやつを見ると恥ずかしい気持ちになって死にたくなる。
妄想は自分でするのが楽しいのであって他人の妄想を見るのは底まで楽しくない。
妄想を他人に見せるためにはもう一段回加工が必要であると感じた。

あとこいつはこうなるとこうする、みたいなのは多分リアル知り合いでやるほうが楽しい。みんなの人気者/嫌われモノで遊ぶほうが断然楽しい。

玉井雪雄漫画 感想(オメガトライブ・かめも☆チャンス)

オメガトライブとかかもめ☆チャンスをKindleで読んでいた。
Kindleは漫画がいつでもどこでも買って読めるので素晴らしい。
iPhoneXを買ったら画面がでかくなってより素晴らしい。ただ便利すぎて金がどんどん飛んでいくがなんてなので自制心のない人間は
漫画をKindleで購入するのは辞めた方がいいが。

オメガトライブで多分デビューしていて、その後がかもめ☆チャンス、そして自己満につながるって感じ。

オメガトライブはSFっぽいといえばSFです。
で、引きこもりの主人公がアフリカで父親に殺されそうになっているので覚醒する話です。

あらすじもしくは背景としては、ありとあらゆる種というのは、いつか閉塞し滅びるという設定で、主人公は既存の人間種の次の種族のアルファ(はじまり)という
設定です。
そして、人間の次のアルファは、主人公だけではなく、他にもいて誰が人間の次の種族の地位を得るかを争って戦う話。

最初の頃は、引きこもりの主人公の更生といいますか、成長が一つのテーマだったんですが、途中から日本でクーデターを起こすとかいろんな要素が
絡んできてよくわからない漫画になります。

主人公も最初は主人公の葛藤がテーマとして描かれていたものが、周囲のキャラにスポットが当たり、主人公はミステリアスなスキンヘッドハゲになります。

かもめ☆チャンス感想

オメガトライブのキャラクターがスターシステムで登場します。
小菅、梶といったやばいキャラが続投されています。
ロードバイクがモチーフの漫画で、前半は人間ドラマのパーツとしてロードバイクが登場し、後半はスッキリとスポーツ漫画風になっています。
前半はオメガトライブのノリを引っ張っていて不思議な人間ドラマとか思想面が強調された展開が続いています。

後半は、ツール・ド・フランスにでるのが目的になり気がついたらスポーツ漫画になっているという不思議なテイストな漫画です。

個人的にはオメガトライブはかなり面白いけど、かもめ☆チャンスはオメガトライブが好きだった人がちょっとだけ楽しめるおまけ漫画っぽい感じですかね。

40冊くらい勢いで久しぶりに漫画を読んだのでなんか楽しかった。
結論からいうと、オメガトライブは読んだほうがいいが、かもめ☆チャンスはそこまで面白くないので、そこはぼちぼちです。

fate/staynightの思い出

FGOが売れている。
しかし自分の中ではfateってこんなもんではないだろうという思いがある。

2004年のゲームの思い出を引きずって2017年のドル箱コンテンツを馬鹿にするなんてダサくて仕方ないのだがそう思ってしまうんだから仕方のないこと。

当時の思いについてはこんなことをtwitterで書いたりもした。

やはり当時ガキの頃に触れたコンテンツにはどうしても感傷が発生してしまう。

そんな中でヘブンスフィールの1作目が出たので見に行ったのであった。
友達と見にいったのだが、友達も高校くらいの時にfateに親しみ、zeroが出て、アニメ化して、DDDを楽しみ、FGOが出てとずっと型月コンテンツに触れ続けている型月ファンという感じの人間。

その友人と話をしていて思ったが、ヘブンスフィールの映画は実に型月らしい映画だった。
内省的でジメジメしてて異常者がやたらと出てくる話だ。

間桐慎二も味が出ていた。
やつはUBWのアニメでもある意味活躍していたが、やはりこいつの本番はヘブンスフィールだろう。

魔術師の名家に生まれてきたにも関わらず、魔術の才能はなく、他所から貰われてきた義理の妹が本線になるという不遇っぷり。
ヘブンスフィール作中では魔術の勉強をしているシーンまで出て来て泣ける。
士郎くんとも最初は友人だったのにどんどん関係が崩れて行く様はかなり悲しい。

ヘブンスフィールは正義の味方を目指す異常者の士郎くんが人間になる話でもあるから士郎くんに不愉快なことしかしない間桐慎二との関係が崩れるというのも必然でありテーマの一部なんでよね。

fate発売当時はこのヘブンスフィールルートの士郎くんの評判が特に悪かったのを覚えている。

屍蝋くんと呼ばれていた気がする。

何が人気がないかというと、大量殺人鬼の間桐桜を許してしまうことがありえない、という話だったかと思う。
創作の中にまでポリコレを持ち込まなくても、と思わなくもないのだが、感情移入できないキャラになってる、つまらないという話かとも思う。

ただ、桜はヒロインの中で一番士郎くんが入れ込んでいるヒロインでもあるし、そういう設定になっていたとは思う。

意味のないHシーンが多いという叩かれ方もしていたが、あれは士郎くんと桜の関係性を描写するためのもので、Hシーンの描写には意味がないがそこにHシーンが入ることには意味があるという類のものだったかと思う。

セイバールート、凛ルートではHシーンは明確に魔力供給という意味があり設定があり、その中で何かが芽生えちゃう見たいな話だった。

桜ルートは抑えきれない何かがHシーンに転化され、そこに実はこんな意味があったという塩梅だったはず。

そこはやはり奈須きのこもそれなりに明確に意識して作品作りをしていたのではないかと思う。

だらだらと当時思っていたことを言葉にしているが、やはりFGOとの違いが目につく。
fateという物語はやはり暗くてジメジメしていて繊細な感性の元に作られていたと思う。

FGOは何の前もない人間がたまたま世界を救う組織に選ばれてやらなきゃいけないことをやるだけやん?と世界を救ってしまう話で、基本的にはカラッとしている話である。

サーヴァントという設定上一期一会の出会いと別れが多くなるはずだがそこにはジメジメした気配がない。

同じfate作品でここまで真逆の作りになっていてそれが受けるように見えているのもどうにも面白い。

奈須きのこがストーリーを書いているため、7章及びソロモンくらいは少しばかりジメジメした話になっている。

特に最終特異点とかな!ロマ二とフォウくんの扱いを見るとやはりきのこはきのこだなー、となっちゃうわけですね。

閑話休題

しかし、fateといえば作中登場人物の狂った内面とその狂った登場人物が織りなす伝奇小説風なドッタンバッタンが魅力だったのにFGOは随分遠くまで来たもんだなぁと思ってしまったのでした。