バイオーグ・トリニティ、新刊 8巻の感想
8巻の感想で検索して、7巻の感想を見ている人が結構多かったようだし、8巻をようやく読むがことができたので、感想。
8巻では新しい設定はなく、7巻からの戦闘の継続。
戦闘展開的には現実の世界での戦闘と藤井の体内での、ホサの戦闘に分かれている。
ホサはリゲルとの戦闘が引き続き描写されている。
ポエムは相変わらず
7巻を読んでから8巻がでるまでのあいだに阿修羅ガールと、煙か土か食い物かを読んで、すこしばかり舞城王太郎を読んで勉強したので、この人ポエマーだ、ということがわかっていたから意外ではなかったです。
予定通りにポエムだった。
エロくないけど謎の裸
リゲルが出してくるミサイルに、謎の裸の女性が括りつけられてたりと謎のエログロ趣味が相変わらず。
乳首もモロ書いてるしさぁ、青年誌だからいいんですと言われるとそれまでだけど、この趣味はなんなんだろう。
エログロ趣味ということでなんとなく受け入れておけばいいんだろうけど。
なんというかエロく描こうとしていない裸がたくさんでてくるという謎のマンガである。
似た漫画があるかなーとなんとなく考え事しながら書いてるけどまだ思いつかない。
松陰ちえりが徹頭徹尾凡人として描かれている問題
松陰ちえりってやっぱり凡人として描かれてますねぇ、徹頭徹尾凡人として描かれている。
この事にはなにか意味があるんですかね。
一方で、ふみほは別に何があるわけでもない(=かわいいだけ)だけど、特別なキャラクターとして描かれている。
不思議ちゃんとしての描写だけど、他人とは違う論理で動いている人間として描かれている。
ふみほは、恋をして、その結果として今の世界が滅びるわけで、それに反旗を翻して新しい世界を作ろうとして、松陰ちえりを創造主に据えようとしているのが、ウラノスたち、ということなんだろう。
そう考えると不思議ちゃんにフリマわsれて不思議ちゃんの恋で滅びるのは勘弁な、というふうに読み取れる。
だから凡人=わかりやすい松陰ちえりが新しい創造主に選ばれるんだろうし、新しい神を作るのは俺たちだ、というのがバイオーグ側の主張になるのかしらん。
芙三歩のことを知らないけど、愛しているといいすべてを受けいられた藤井と、愛しているから芙三歩のいろいろを知っているホサと
最初は芙三歩のことを何もしらないとホサに否定されていた藤井だけど、ホサは、芙三歩のことをしらないのに、芙三歩が芙三歩であるというだけで、受け入れることができる藤井を認め始めるという話。
そういった、根拠の無い自信のようなものを持つ他人を認められるようになることで、ホサが自分自身を認められるようになるみたいな展開で。
それであと一歩及ばなかった、マルボロとリゲルに届く、というカッコいい展開。
また、恋愛模様的にも三角関係というか、極子、ホサ、藤井、芙三歩のもつれ合いが延長戦になるのだった。
愛してくれる人の幸せを望むのは、その人が自分を愛してくれるからではない、という話
まぁココらへんは難しい話で、度が過ぎるとその愛情と妄執の区別もつかなくなるような話でもあると思うのだけれど。
芙三歩が信用できないというウラノスたちと、まぁそれとは関係なく芙三歩に幸せになってほしいじゃん、芙三歩という藤井というかネクロマリア側と。
世界があるようにあってほしいというような話だ。
世界が死んで、蘇っていま、死にかけてみたいな
1度しんで、蘇って今もう一度死んで蘇ろうとしている世界。
1回目と2回目、そしてこれからの3回目の世界は全部同じ世界なの?みたいな話。
死んで蘇った藤井は、死ぬ前と同じ藤井なのか?というような話もされていた。
ココらへんは疑問をもったら負け、という世界でもあるだろう。
理屈がよりも納得が優先される世界で感情をより重視していかないとわけわからなくなってしまいそう。
寝て起きた自分だって一度意識が途切れているので、そのい寝る前の自分と同じ自分かどうかなんて簡単には、わからないのにね。
ただ、寝ている間に別人になっているわけがないというような意識、常識?があるから疑問に思わないだけなのだ。
だからこういう、死んで生き返ったものは死ぬ前と同じですか?なんて気にしない人は気にしないんだよなぁ。
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